誠のノート — Portrait of Identity
Portrait of Identity — Makoto’s Notebook

誠のノート

Rewritten / 2024
Note 01 勘違い Misread
17歳のノート
「今日、真弓という女子が数学の質問に来た。ハロー効果による第一印象の形成を、おそらく彼女は自覚していない。俺のほうも、三秒で分類を終えた。」

三秒で分類した、と書いた。でも三秒で、何を、分類したのか。俺は、真弓を分類したと思っていた。実際は、俺が真弓から受けた印象を、分類しただけだった。真弓そのものは、まだ何も、見えていなかった。

罪と責任は違う。三秒で分類したことは、俺の罪ではない。でも、その分類が正確だと信じ続けたことは、俺の責任だった。

書いて、消した 真弓は、観察対象として、扱いやすい部類に入る。

嘘だった。扱いやすかったのは、俺のほうだった。

もし、十七歳のお前に伝えられるなら。間違えたことが、出会いの始まりだった。勘違いは、始まりの別名だ。

Note 02 承認 Approval
17歳のノート
「真弓が図書室で本を棚に戻した。選んだ本を、なぜ戻したのか。動機:不明。別の本を借りて出た。貸出カードに名前を書く際、ペン先が一度止まった。」

あれは内側の革命だった、と今なら言える。「他人の目から自分の目へ」の、静かな移行を、俺はデータとして記録した。ペン先が止まったことも、観察した。でも、なぜ止まったかは、書かなかった。

平等は、無関心の別名だ。俺は真弓の動作を、他の誰の動作とも、同じ重みで扱っていた。

書こうとして、書けなかった 真弓は、今、自分のことを、自分で、決めた。

書けなかったのは、特別扱いしたくなかったからだ。特別扱いすることは、俺の構造への侵入を許すことだった。

もし、十七歳のお前に伝えられるなら。恐れること自体が、何かを感じている証拠だった。

Note 03 期待 Expectation
17歳のノート
「模試の結果。合格率二十パーセント未満。志望校変更が合理的。真弓に伝えた。反応:情緒的。記録:事実を言うことが、なぜ、相手を傷つけるのか。」

あの問いに、十八年後の俺が答える。事実が傷つけるのではない。事実の渡し方が、傷つける。真弓が求めていたのはデータではなかった。「一緒に頑張ろう」という、伴走の意思表示だった。

共感の回路が、十七歳の俺にはなかった。回路がないから、渡し方を知らなかった。知らないことは罪ではない。でも、知ろうとしなかったことは、俺の責任だった。

書こうとして、書けなかった 真弓は、励ましを、求めていた。

もし、十七歳のお前に伝えられるなら。事実は武器になる。振り方を知らないまま振ると、傷つける。

Note 04 反芻 Rumination
17歳のノート
「真弓に聞かれた。誰かの言葉が頭の中で何度も再生されるか、と。俺の回答:再生されない。同日、絵を描いた。」

「再生されない」と答えた直後から、真弓の言葉が再生され始めた。その矛盾に、翌朝まで気づかなかった。

あの夜、真弓は眠れなかった。俺は絵を描いていた。同じ夜を、まったく別の密度で生きていた。その差を、俺は認識する術を持っていなかった。認識できなかったことが、最初の傷だった。

書こうとして、書けなかった 俺が絵を描いていた夜、真弓は眠れなかった。

もし、十七歳のお前に伝えられるなら。再生されることは弱さではない。何かを大事に思っている証拠だ。

Note 05 嫉妬 Jealousy
17歳のノート
「麻美の定義:家族みたいなもの。真弓の退室:動機不明。夏休み前、真弓との接触頻度が低下。原因:未特定。」

原因は特定できていた。俺が特定を避けていただけだ。真弓は嫉妬していた。「それもお前のものだ」と言った。あれは、俺が人に渡せた、初めての本物の言葉だったかもしれない。

嫉妬は愛情の変形だ。誰かを大事に思っているから、その人の近くにいる別の誰かを遠くに感じる。真弓の嫉妬は、俺への愛情だった。

書いて、消した 俺には、麻美と話すときと、真弓と話すときで、距離が違った。

もし、十七歳のお前に伝えられるなら。嫉妬されることは、存在を認められているということだ。

Note 06 群れる Conformity
17歳のノート
「文化祭。真弓からの誘い。断った。楽しさの予測値が参加コストを下回る。中庭を二階の窓から観察。」

「楽しかった?」と真弓に聞かれて、俺は「分からない」と答えた。これは俺の言語の最初の獲得だった。「楽しい」が計算できないという事実を、俺は初めて認めた。

引き算は洗練だ。でも群れを引くと、群れの中にいる誰かも一緒に引かれる。真弓も、一緒に引かれた。意図していなかった。でも、そういう構造だった。

書こうとして、書けなかった 窓から、真弓を、見ていた。

もし、十七歳のお前に伝えられるなら。「分からない」と言えた日が、お前の始まりだった。

Note 07 Gossip
17歳のノート
「麻美への告白という噂。事実ではない。真弓に確認された。否定した。記録:事実を確認しろ。」

俺は否定した。真弓は信じた。でも、安心しなかった。「事実は確認できても、感情は確認できない」と、真弓は言った。あれは真弓が自分の内側に触れた瞬間だった。俺はそれを感情論として処理した。

俺の中の真弓の像も、外側からの観察を繰り返すうちに「真弓の事実」として固まった。固まった像は、本物の真弓と少しずつ離れていった。

書いて、消した 噂を否定しても、真弓が安心しなかった理由を、俺は知らなかった。

もし、十七歳のお前に伝えられるなら。固まる前に、ほどいてほしかった。

Note 08 だます Deceive
17歳のノート
「真弓の問い:俺のことをどう思っているか。回答:今は答えられない。理由:分析が未完了。真弓に対する感情は、特になし。」

嘘だった。分析は終わっていた。フォルダが存在していなかっただけだ。「真弓に対する感情」というフォルダを、俺は作ることを拒んでいた。作ると確定する。確定すると、構造が変わる。

感情があった。ただ、それを認める仕組みを、俺は持っていなかった。

書いて、消した 俺は、答えられなかったのではなく、答えたくなかった。

もし、十七歳のお前に伝えられるなら。本物の痛みを、選んでほしかった。

Note 09 争う Conflict
17歳のノート
「真弓がノートを見た。衝突。俺の発言:そういう性格だからだ。真弓の反応:初めての本物の怒り。俺の状態:初めて泣いた。」

俺が先に「悪かった」と言えた。これは、俺の人生における初めての謝罪だった。謝罪とは、自分の行動が相手を傷つけたという認識を持つことだ。

真弓が怒ったのは、俺のことを大事に思っていたからだ。どうでもいい人間には、本物の怒りを向けない。真弓の怒りは、愛情の最後の形だった。

書こうとして、書けなかった 真弓が怒るのは、俺のことを、大事に思っていたからだ。

もし、十七歳のお前に伝えられるなら。初めて泣いた日を、覚えておいてほしい。感情が存在した、最初の証拠だった。

Note 10 仲間はずれ Exclusion
17歳のノート
「友人Aの誘い:断った。理由:雑談が苦手。これは選択だ。卒業アルバム撮影。位置:端。フレームぎりぎり。」

選択ではなかった。方法を知らなかっただけだ。内側への入り方が分からなかった。外側に留まることを「選択」と呼んで、俺は自分を守っていた。

集合写真の端に立ったとき、俺は自分の位置を確認した。フレームのぎりぎり。少しずれれば、消える。今なら、あれが悲しさだったと分かる。

書こうとして、書けなかった 内側に入れてくれと、思っていた。

もし、十七歳のお前に伝えられるなら。外側から見えていたものがある。それは内側にいては、見えなかったかもしれない。

Note 11 所有 Possession
17歳のノート
「ノートを廃棄するか、検討。ゴミ箱の上で停止。理由:不明。真弓の発言:消さなくていい。初めての「ありがとう」。」

捨てられなかった。ゴミ箱の上にかざして、手を離せなかった。「捨てちゃいけない」という声が、俺の中のこれまで聞いたことのない場所から聞こえた。

真弓も、同じ夜、白い封筒をゴミ箱の上にかざしていたと、俺は知らない。同じ街の別々の部屋で、同じ動作をしていた。同型の人間が、相棒になる。

書いて、消した 捨てられなかった理由は、真弓のことが消えてほしくなかったからだ。

もし、十七歳のお前に伝えられるなら。捨てられないものは、捨てなくていい。所有は、縛られることではなく、過去を未来に運ぶことだ。

Note 12 恋愛 Love
17歳のノート
「卒業式当日。屋上。真弓の言葉:また、会おうね。俺の回答:うん。振り返らずに歩いた。記録:会いたい、という感覚が生じた。意味:未処理。」

「会いたい」という感覚が生じた、と書いた。これは俺の共感回路の最初の完成だった。感情が言語になった瞬間だった。ただ、遅すぎた。真弓はすでに別の方向に歩いていた。

振り返らなかったから、「また、会おうね」が最後の像として保存された。保存されたから、抱えてこられた。

書いて、消した また、会いたい。

もし、十七歳のお前に伝えられるなら。「会いたい」と思えたこと自体が、お前の到達点だった。

Note 13 信じる Believe
17歳のノート
「2024年10月。桐生にノートを預けた。喫茶店。見返りは要らない、と言った。帰り道、母校の校門の前に立った。振り返らなかった。」

校門の前に立って、真弓がそこにいる気がした。振り返らなかった。十八年前と同じ選択をした。「また、会えたな」と、俺は心の中で言った。

信じるとは、相手の行動を期待することではない。相手の存在を受け入れることだ。真弓は、今、どこかで生きている。それだけで、十分だった。それが、相棒の意味だった。

書いた。消さなかった。 ノートを渡した日に、母校に行った。

もし、十七歳のお前に伝えられるなら。感情を捨てたのではない。表現できなかっただけだった。信じる、ということを、忘れないでいてくれ。

− 他人(変数) + 家族(定数) = 相棒
Makoto / 2024 — 18 years after
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