第10章 仲間はずれ —— 外側に立つことが、自分を守る — Portrait of Identity

仲間はずれ

EXCLUSION
÷
一月の昼休み。教室。窓の外に、雪が舞っている。 誠は、自分の席で、ひとり、弁当を食べている。 遠くの窓際で、真弓が、グループのなかで笑っている。
一月の昼休み。教室。窓の外に、雪が舞っている。
誠は、自分の席で、ひとり、弁当を食べている。
遠くの窓際で、真弓が、グループのなかで笑っている。

仲間はずれは、誰かが意図的に、ある人を排除することではない。

ある人が、自分から、外側に立つことを、選ぶ場面が、ある。

外側に立つことは、自分を守るためだ。中に入れば、傷つく可能性がある。中の人と、合意していない期待を、また、抱いてしまうかもしれない。期待が裏切られたとき、また、傷つく。それなら、最初から、中に入らない。

これは、合理的な選択だ。

でも、外側に立ち続けると、副作用が、出る。

外側にいる、という事実が、その人の、アイデンティティの一部に、なっていく。

「私は、輪の中にいる人間ではない」

「私は、群れない人間だ」

「私は、孤独に強い人間だ」

これらの自己定義は、最初は、自分を守るための、装備だった。でも、長く身に着けていると、装備が、皮膚と一体化する。脱げなくなる。脱げないから、どんな場面でも、外側に立ち続ける。

外側に立ち続けるうちに、その人は、本当に、輪の中に、入れなくなる。

入りたくなっても、入れなくなる。

これが、仲間はずれの、最も静かで、最も深い形だ。

誰かに、はじき出されたわけではない。

自分で、外側に立つことを、選んだ結果、外側にしか、立てなくなる。

誠は、その構造の中に、長く、いた。

でも、第9話までの誠は、外側にいることに、痛みを感じていなかった。

第10話の誠は、初めて、その痛みを、感じ始める。

感じ始めた痛みを、誠は、また、自分への嘘で、誤魔化そうとする。

誤魔化しきれなくなる日が、いつか、来る。

でも、それは、ずっと先のことだった。

· · ·

第9話の衝突から、二週間が、経っていた。

誠は、いつも通り、自分の席で、ノートを広げていた。

真弓は、いつも通り、自分のグループの中で、笑っていた。

表面上、二人の生活は、第9話の前と、変わらなかった。

変わらない、ように、見えた。

でも、誠の中では、ある変化が、起きていた。

誠は、教室の中で、自分の位置を、改めて、観察するようになっていた。

誠の周りには、誰もいなかった。

誠の左の席は、空いていた。誠の右の席も、空いていた。誠の前の席は、女子の席だったが、その女子は、休み時間になると、別のグループのところに、行ってしまう。

誠の周りに残るのは、空いた机と、椅子と、誠自身だけだった。

これは、第9話の前と、何も変わっていなかった。

ずっと、こうだった。

でも、誠は、その日、初めて、その状態を、観察した。

観察してから、誠は、ある質問を、自分に投げかけた。

――この状態は、いつから、こうなのか。

誠は、自分の記憶を、たどった。

たどると、誠の周りに、人がいた時期も、過去には、あったことが、分かった。

中学に入った最初のころは、誠の周りにも、クラスメイトが、いた。話しかけてくる子も、いた。一緒に弁当を食べに来る子も、いた。

でも、誠は、彼らに、特に応答しなかった。話しかけられても、最低限の返事をした。一緒に弁当を食べに来ても、特に会話しなかった。

そうしているうちに、徐々に、人は、誠から、離れていった。

離れていったあと、誠は、それを「自然な結果」だと、解釈していた。

「自分は、群れることを、好まない人間だ」

「だから、人が離れていくのは、当然だ」

「これは、自分の選択の結果だ」

これが、誠が、これまで、自分に与えてきた解釈だった。

でも、第10話の朝、誠は、その解釈に、疑問を持った。

本当に、これは、自分の選択の結果だろうか。

自分から、選んで、外側に立ったのか。

それとも、外側に立たされて、それを「選んだ」と、自分に思い込ませてきたのか。

誠の脳内データベースに、その問いを、処理するためのフォルダは、なかった。

新しいフォルダを、作るべきか、誠は、迷った。

第8話、第9話と、誠は、何度も、新しいフォルダを作るかどうかで、迷っていた。

毎回、誠は、作らないことを、選んでいた。

でも、第10話の朝、誠は、初めて、新しいフォルダを、作った。

フォルダの名前は、「答えのない問い」だった。

そのフォルダの中に、誠は、最初の項目として、こう書いた。

「俺は、外側に立つことを、選んだのか、それとも、立たされたのか」

書いて、誠は、しばらく、その文字を、見ていた。

見ていると、もう一つの問いが、湧き上がってきた。

誠は、その問いも、ノートに、書いた。

「外側に立っていると、内側にいる真弓のことが、見える。でも、内側にいる真弓には、外側にいる俺のことが、見えるのか」

書いてから、誠は、ペンを置いた。

そして、教室の窓際を、見た。

窓際では、真弓が、グループの女子たちと、笑っていた。

真弓は、誠のほうを、見なかった。

これは、いつも通りだった。

でも、その日の誠には、その「いつも通り」が、痛かった。

痛みは、誠にとって、新しい種類のものだった。

誠は、その痛みに、名前を、つけられなかった。

つけられないまま、誠は、自分のノートを、閉じた。

Scene 01
休み時間 / 廊下 / 偶然のすれ違い
誠
誠は、廊下で、真弓のグループとすれ違った。
真弓
真弓
真弓は、グループの真ん中で、誠を見て、軽く頭を下げた。
誠
誠も、軽く頭を下げた。
友人A
友人A
あ、誠くん。
誠
何か。
友人A
友人A
いや、別に。たまには、こっちに来て、一緒に話そうよ。
誠
誠は、しばらく、答えなかった。
誠
……行く理由が、ない。
友人A
友人A
理由って。
誠
話す内容が、ない。
友人A
友人A
内容なくても、雑談だよ、雑談。
誠
雑談は、苦手だ。
友人A
友人A
そっか。じゃあ、また気が向いたら。
真弓
真弓
真弓は、その会話のあいだ、何も言わなかった。
真弓
真弓
グループは、廊下を、歩き出した。誠は、その場に、残った。

誠は、廊下に、しばらく立っていた。

友人Aの「たまには、こっちに来て、一緒に話そうよ」という言葉が、誠の中で、再生されていた。

これは、誘いだった。

誠は、その誘いを、断った。

断る理由は、誠の中で、明確だった。雑談は、苦手だ。話す内容が、ない。行く理由が、ない。

論理的には、完璧な、断りだった。

でも、誠の中で、ある違和感が、立ち上がっていた。

友人Aは、誠を、誘ってくれた。グループの中に、誠の場所を、作ろうとしてくれた。

その瞬間、誠は、内側に、入る選択を、していたかもしれなかった。

でも、誠は、外側に、留まることを、選んだ。

選んだあとで、誠は、思った。

――俺は、本当は、内側に、入りたかったのかもしれない。

その思いが、誠の中で、初めて、立ち上がった。

立ち上がった瞬間、誠は、自分の中で、ある声を、聞いた。

「いや、入りたくなかった。だから、断った。これは、自分の意志だ」

これは、誠が、自分に、ついた、新しい嘘だった。

誠は、本当は、内側に入りたかった。

でも、入る方法を、知らなかった。

知らないから、外側に、留まった。

「入りたかったが、入る方法を知らなかった」と認めることは、誠にとって、屈辱的だった。

誠の構造の中では、自分は、すべてのことを「選んで」きた人間だった。

「選べなかった」「方法を知らなかった」というのは、自分の構造に、含まれていない、概念だった。

だから、誠は、自分にこう言った。

「俺は、選んで、外側にいる。これは、選択の結果だ」

誠は、また、自分に嘘をついた。

嘘のレイヤーが、また、一枚、増えた。

増えた嘘の重さで、誠は、その日、いつもより、重い足取りで、教室に戻った。

戻りながら、誠は、自分のノートを、また、開きたいような、開きたくないような、どちらでもない、状態にあった。

結局、誠は、ノートを、開かなかった。

開かないことを、誠は、その日、初めて、意図的に選んだ。

意図的に選んだことに、誠自身、気づいていた。

気づいていながら、誠は、その意図を、見て見ぬふりをした。

これが、仲間はずれの、外側にいる側の、本当の状態だった。

その夜、真弓の部屋。机に向かって、勉強している。 ふと、教科書から目を離して、窓の外を、見ている。 外には、雪が、降り続いている。
その夜、真弓の部屋。机に向かって、勉強している。
ふと、教科書から目を離して、窓の外を、見ている。
外には、雪が、降り続いている。

その夜、真弓は、自分の部屋で、勉強していた。

三学期のテストが、近づいていた。

真弓は、机に向かって、教科書を、開いていた。

でも、勉強は、はかどっていなかった。

真弓は、ふと、教科書から、目を離した。

窓の外を、見た。

外には、雪が、降っていた。

真弓は、その雪を、しばらく、見ていた。

見ていると、ある記憶が、頭の中に、浮かんできた。

昼休みの、廊下。

友人Aが、誠を、誘った場面。

誠が、断った場面。

真弓は、その場面に、いた。

でも、その場で、何も言わなかった。

真弓が、もし、口を挟んでいたら、何かが、変わったかもしれない。

「行こうよ」と、真弓が、誠に言ったら、誠は、来てくれたかもしれない。

でも、真弓は、何も、言わなかった。

言えなかった。

第9話の衝突のあとで、誠に、声をかける方法を、真弓は、知らなかった。

知らないまま、真弓は、ただ、立っていた。

立っているあいだに、機会は、過ぎ去った。

過ぎ去った機会は、戻ってこなかった。

真弓は、自分の中で、その「言えなかった」ことを、振り返っていた。

振り返ると、ある気持ちが、湧き上がってきた。

その気持ちは、複雑だった。

誠を、グループに入れたかった、わけではなかった。

誠と、もう一度、深く話したい、わけでもなかった。

真弓が、感じていたのは、もっと、別の気持ちだった。

「私が、何も言わなかったことで、誠を、外側に、固定してしまったかもしれない」

これが、真弓の、その夜の気持ちだった。

誠は、もともと、外側にいる人間だった。

でも、その「外側にいる」という状態を、真弓の沈黙が、確定させたのかもしれない。

真弓が、「行こうよ」と言っていたら、誠は、入ってきたかもしれない。

真弓が、何も言わなかったから、誠は、外側に、留まった。

これは、真弓の責任だろうか、と真弓は、自分に問いかけた。

問いかけた答えは、出なかった。

誠を、外側に固定したのは、真弓ではないかもしれない。

誠自身が、外側に、留まることを、選んだのかもしれない。

でも、真弓には、誠の選択の理由が、分からなかった。

分からないから、自分のせいかもしれない、と真弓は、思った。

思いながら、真弓は、自分のノートを、開いた。

真弓のノートは、誠のノートとは、違っていた。

真弓のノートは、日記のようなものだった。

その日のことを、自分の言葉で、書いていた。

その夜、真弓は、こう書いた。

「今日、廊下で、Aちゃんが誠を誘った。誠は、断った。私は、何も言わなかった」

「言うべきだったのか、分からない」

「言わなくて、よかったのかもしれない」

「誠は、たぶん、自分で、選んでる。外側に立つことを」

「私が、口を挟むのは、違うのかもしれない」

「でも、心のどこかで、誠を、外側に、置いておきたい自分も、いるような気がする」

「外側にいる誠は、私の手の届かない場所にいる。届かない場所にいてくれたほうが、私は、楽だ」

「手の届く場所に、誠が来たら、私は、また、誠と、関わってしまうかもしれない」

「関わったら、また、傷つく」

「だから、誠は、外側にいてほしい」

「これは、私の、誠への、優しくない気持ちだ」

「優しくない気持ちを、認めるのは、痛い」

「でも、認めないと、自分に嘘をつくことになる」

「自分に、嘘は、もう、つかないって、決めたから」

「だから、認める」

「私は、誠を、外側に、置いておきたい」

真弓は、そこまで書いて、ペンを、置いた。

書いたものを、しばらく、見つめていた。

見つめてから、真弓は、ノートを閉じた。

閉じてから、真弓は、思った。

――私も、誠と、同じことを、しているのかもしれない。

誠は、自分を守るために、外側に立っている。

真弓は、自分を守るために、誠を、外側に、置いておきたいと、思っている。

二人とも、自分を守るために、相手を、遠くに、押しやっている。

これは、第9話で、二人が、お互いを、攻撃し合った構造と、同じだった。

形を変えただけで、本質は、変わっていなかった。

真弓は、その認識を、自分の中に、迎え入れた。

迎え入れて、真弓は、思った。

――しかたない。

「しかたない」という結論は、第9話の真弓だったら、出さなかったかもしれない。

第9話の真弓は、もっと、戦った。

でも、第10話の真弓は、もう、戦わなかった。

戦って、得るものは、もう、なかった。

戦わずに、外側にいる誠を、外側のまま、放置することを、真弓は、選んだ。

これは、真弓の、新しい選択だった。

新しい選択は、誰のためでもなく、自分のための、選択だった。

真弓は、その選択を、自分の中で、確定させた。

確定させたあとで、真弓は、勉強を、再開した。

テストが、近づいていた。

誠の存在は、真弓の勉強の、邪魔をしてはいけなかった。

真弓は、自分の人生を、生きていくべきだった。

誠は、誠の人生を、生きていくべきだった。

二つの人生は、もう、交わらない。

交わらないことを、真弓は、確信した。

確信したあとの真弓は、不思議と、穏やかだった。

穏やかさは、楽しさではなかった。

でも、悲しみでも、なかった。

諦めの中の、穏やかさだった。

真弓は、その穏やかさの中で、教科書のページを、めくった。

ページの中の、英文字を、追い始めた。

追っているあいだに、雪は、降り続けていた。

· · ·

同じ夜、誠も、自分の部屋で、ノートを、開いていた。

誠は、その夜、初めて、ノートに、こう書いた。

「俺は、外側に立つことを、選んできた。それは、自分の意志だと、思ってきた」

「でも、もしかしたら、選んだのではなく、外側に追いやられたのかもしれない」

「追いやったのは、誰でもなかった」

「俺自身が、外側に、自分を、追いやってきた」

「外側に立てば、傷つかない」

「傷つかないために、外側に、立ってきた」

「でも、外側に、立ち続けると、内側のことが、分からなくなる」

「分からないから、入る方法も、分からない」

「入る方法が、分からないから、入れない」

「入れないから、外側に、留まる」

「これは、循環だ」

「循環の中で、俺は、生きてきた」

誠は、そこまで書いて、ペンを、置いた。

置いたあとで、誠は、自分の書いた文字を、しばらく、見ていた。

見ていると、誠の中で、ある感情が、湧き上がってきた。

その感情の名前を、誠は、しばらく、探した。

探した末に、誠は、その名前を、見つけた。

「悲しさ」だった。

誠は、自分の中の悲しさを、初めて、認識した。

これまでの誠は、悲しさを、感じたことが、なかった、と思っていた。

でも、それは、違っていた。

悲しさは、ずっと、誠の中に、あった。

あったが、誠は、それを、認識する仕組みを、持っていなかった。

第10話の夜、誠は、初めて、その仕組みを、自分の中に、作った。

作った仕組みで、誠は、自分の中の悲しさを、見つけた。

見つけたとき、誠は、もう一度、泣いた。

誠の傷の蓄積、5件目。

でも、5件目は、これまでの4件とは、また、違っていた。

4件目までは、誠の傷は、誠が認識した瞬間に、また、嘘で覆われていた。

5件目の傷は、誠が、嘘で覆わずに、そのまま、抱えた、最初の傷だった。

抱えた傷は、誠の中で、別の場所に、収まることになる。

その場所は、誠が、十八年後、ノートを書き直すときに、初めて、開ける場所だった。

でも、それは、ずっと先のことだった。

Scene 02
数日後の昼休み / 教室 / 真弓の独白
真弓
真弓
(誠を、見ないようにしてる)
真弓
真弓
(見ると、関わりたくなる)
真弓
真弓
(関わりたくなる自分が、嫌だ)
真弓
真弓
(だから、見ない)
真弓
真弓
(見ないことで、誠を、外側に、置いておく)
真弓
真弓
(誠は、自分でも、外側を、選んでる)
真弓
真弓
(だから、私が、見ないことは、誠の選択を、尊重することでもある)
真弓
真弓
(と、思いたい)
真弓
真弓
(本当は、自分のために、見ないだけかもしれない)
真弓
真弓
(自分のためでも、しかたない)
真弓
真弓
(私も、自分を、守りたい)

誠は、その昼休み、自分の席でノートを広げていた。窓際のほうを、一度だけ、見た。それから、ページに視線を戻した。

真弓は、その昼休み、誠のほうを、一度も、見なかった。

見なかったことを、真弓自身、自覚していた。

自覚しながら、真弓は、自分のグループの中で、笑っていた。

笑いは、本物だった。

真弓は、グループの友達のことを、本当に、好きだった。

でも、その「本物の笑い」のすぐ下に、別の感情が、薄く、流れていた。

その感情は、罪悪感に、似ていた。

誠を、見ないことに、対する、罪悪感だった。

真弓は、その罪悪感を、抱えながら、笑っていた。

抱えながら笑うことは、難しかった。

でも、できないわけでは、なかった。

真弓は、その日、その難しさの中で、生きていく方法を、少しだけ、覚え始めた。

覚えた方法は、十八年後も、真弓の中に、残ることになる。

「いくつかの感情を、同時に抱えながら、笑う」

これは、子どものころには、できなかったことだった。

第10話の真弓は、それが、できるようになっていた。

大人に、なったということだった。

誠の計算式 — 割り算(÷)
自分(変数)÷ 内側のルール(定数)= 外側の自分
…余り:内側に入りたい気持ち
仲間はずれを、割り算で考えてみる。

誰かを「内側」に入れるかどうかは、内側のルールによって、決まる。同じ趣味を持っている。同じノリで話せる。同じ場面で、同じように、笑える。これらが、内側のルールだ。

誠を、内側のルールで、割ってみる。

誠は、雑談が苦手だ。同じノリで話せない。同じ場面で、同じように笑えない。だから、内側のルールで割ると、商として、「外側の自分」が残る。

これは、誰のせいでもない。誠の性格と、内側のルールが、合わなかっただけだ。

でも、割り算には、必ず、余りが出る。

余りは、「内側に入りたい気持ち」だった。

誠は、本当は、内側に入りたかった。入りたいから、第10話の朝、誰もいない自分の周りを、初めて、観察した。入りたいから、友人Aの誘いを、断った後で、後悔した。入りたいから、自分のノートに「入る方法が、分からない」と、書いた。

入りたい気持ちは、計算式の商の中には、入らなかった。余りとして、誠の中に、残った。

残った余りを、誠は、ずっと、無視してきた。無視することで、自分は「外側を選んだ人間」だと、自分に説明してきた。でも、第10話の夜、誠は、その余りを、初めて、見た。

見たことで、誠は、悲しくなった。悲しさは、誠の中で、新しい感情だった。

新しい感情は、誠に、新しい選択の余地を、与えた。その選択を、誠が、いつ、するのかは、まだ、分からない。でも、選択の余地が、生まれたこと自体が、誠の、第10話での、唯一の、進歩だった。

余りは、捨てるものでは、なかった。余りこそが、本質だった。

商で、人を分類することは、簡単だ。余りで、人を見ることは、難しい。でも、余りで見ないと、本当のその人は、見えない。

誠は、十八年かけて、自分の余りを、見ることになる。見たとき、誠は、初めて、自分のことを、本当に、知ることになる。知ることには、十八年かかった。十八年は、長かった。でも、知らずに、死ぬよりは、よかった。
二月の終わり。卒業式が、近づいている。 誠は、卒業アルバムの撮影で、自分のクラスの集合写真に、ぎりぎり、入っている。 端のほうで、写真の枠の、ぎりぎりの位置に、立っている。
二月の終わり。卒業式が、近づいている。
誠は、卒業アルバムの撮影で、自分のクラスの集合写真に、ぎりぎり、入っている。
端のほうで、写真の枠の、ぎりぎりの位置に、立っている。

二月の終わり、卒業式が、近づいていた。

卒業アルバムの、クラスの集合写真の撮影が、行われた。

誠も、撮影に、参加した。

参加しないという選択も、あったかもしれない。

でも、誠は、参加した。

参加した理由は、誠自身も、よく分からなかった。

ただ、なんとなく、参加した。

誠は、写真の、端のほうに、立った。

誰かに、端に立て、と言われたわけではなかった。

誠が、自分で、端を選んだ。

真ん中には、目立つ子たちが、立っていた。

その周りには、いつものグループの子たちが、立っていた。

端のほうには、目立たない子たちが、立っていた。

誠は、目立たない子たちの、さらに端に、立った。

写真の枠の、ぎりぎりの位置だった。

もう少し端だったら、フレームから、外れていた。

誠は、自分の位置を、確認した。

確認して、思った。

――俺の人生における、俺の位置は、たぶん、これだ。

フレームの中には、入っている。

でも、ぎりぎりの位置にいる。

少しでも、何かが、ずれたら、フレームから、外れる。

外れたら、人生の集合写真から、消える。

消えても、誰も、気づかないかもしれない。

誠は、その認識を、自分の中で、確かめた。

確かめてから、誠は、シャッターの音を、聞いた。

カシャ、と音がして、写真が、撮られた。

誠は、その写真の中で、ぎりぎりの位置に、立っていた。

真弓も、その写真の中に、いるはずだった。

でも、真弓は、別のクラスだった。

同じ写真には、写っていなかった。

誠は、撮影が終わったあと、自分の席に戻りながら、思った。

――真弓が、自分のクラスの集合写真の中で、どこに立つのかな。

真ん中だろう、と誠は、思った。

真弓は、グループの中心ではないが、真ん中の近くに、いる人だった。

笑顔の、いい位置に、立っているはずだった。

誠は、その想像をして、軽く、口元を、緩めた。

緩めた瞬間、誠は、自分が、口元を緩めた、という事実に、気づいた。

気づいて、誠は、自分の口元に、手を、当てた。

口元は、確かに、緩んでいた。

これは、笑った、ということだった。

誠は、自分が、真弓のことを想像して、笑った、という事実を、認識した。

認識した瞬間、誠の中で、何かが、また、ねじれた。

ねじれたものは、誠のノートに、書かれることは、なかった。

書けない。書くと、確定する。確定すると、まずい。

誠は、もう、何度目かの、その感覚を、抱えていた。

抱えながら、誠は、自分の席に、戻った。

戻って、ノートを、開いた。

そして、その日の出来事を、書こうとした。

書こうとして、書けなかった。

書けないものを、誠は、ノートに、書こうとしないことに、決めた。

これは、誠にとって、初めての、決断だった。

これまでの誠は、書けないものは、ノートに書く対象から、無意識に、除外してきた。

第10話の誠は、書けないものを、意識的に、ノートから、除外することにした。

意識的な除外は、無意識の除外と、構造的に、同じだった。

でも、意味は、違った。

意識的に除外する、ということは、書けないものが、存在することを、誠が、認めた、ということだった。

認めるだけで、誠の中で、何かが、ほんの少しだけ、変わった。

変わったものは、まだ、形を、持っていなかった。

でも、確かに、変わっていた。

変わったまま、誠は、ノートを、閉じた。

閉じたあと、誠は、自分の手を、見た。

自分の手は、ペンを、握りしめていなかった。

第8話の夜、誠は、ペンを強く握りしめていた。

第10話の夜、誠は、ペンを、軽く、握っていた。

違いを、誠は、自分で、感じた。

感じたまま、誠は、その夜を、過ごした。

Scene 03
三月の初め / 廊下 / すれ違い
誠
廊下で、誠と真弓が、すれ違った。
誠
卒業まで、もうすぐだな。
真弓
真弓
うん。
誠
志望校、決まったか。
真弓
真弓
うん、決まったよ。
誠
そうか。
真弓
真弓
あなたは?
誠
決まった。
真弓
真弓
そっか。
誠
二人とも、しばらく、何も言わなかった。
真弓
真弓
じゃあ、また。
誠
また。
真弓
真弓
真弓は、誠の前を通り過ぎた。誠は、しばらく、廊下に立っていた。

誠は、その廊下で、しばらく、動かなかった。

真弓の「じゃあ、また」が、誠の中で、再生されていた。

「また」という言葉は、本当の「また」ではなかった。

誠も、それを、知っていた。

でも、その「また」を、誠は、本物の「また」として、抱えることにした。

抱えるのは、誠の自由だった。

真弓が、本物の「また」として言ったかどうかは、関係なかった。

誠が、本物の「また」として、それを、受け取る。

受け取った瞬間、その「また」は、誠の中で、本物に、なった。

本物になった「また」を、誠は、十八年、抱えていくことになる。

抱えていくあいだ、誠は、何度も、自分のノートを、開く。

開いて、真弓のページを、見る。

見て、また閉じる。

閉じても、消えない。

消えないものを、抱えていくのが、誠の、十八年の生き方になった。

仲間はずれは、外側にいる人にも、内側にいる人にも、痛みを、与える。

外側にいる人は、内側に、入りたかった気持ちを、抱える。

内側にいる人は、外側にいる人を、外側に、置いておきたかった罪悪感を、抱える。

どちらも、抱える。

抱え続けることが、二人の、それからの人生に、なる。

抱えながら、二人は、それぞれの場所で、生きていく。

生きながら、ふと、思い出す。

あの卒業式の前の廊下のすれ違いを。

あの「じゃあ、また」を。

「また」が、本物だったらよかったのに、と、ふと、思う。

でも、本物では、なかった。

本物では、なかったが、二人とも、その「また」を、抱えて、生きていく。

これが、第10話の、結末だった。

· · ·

仲間はずれについて、もう少し、書いておく。

仲間はずれは、誰かが意図的に、ある人を排除することではない。多くの場合、それは、構造の中で、自然に、起きる。

外側にいる人と、内側にいる人。

その境界線は、はっきりとは、引かれていない。

でも、確かに、存在している。

境界線の外側に、立つことを、選ぶ人がいる。

選んだのか、選ばされたのか、本人にも、分からない場合が、多い。

分からないまま、外側に、立ち続ける。

立ち続けるうちに、外側にいることが、その人の、アイデンティティの一部になる。

もう一つ、見落としてはいけないことが、ある。

内側にいる人にも、痛みが、ある、ということだ。

内側にいる人は、外側にいる人のことを、見る。

見て、何かを、感じる。

「あの人を、入れてあげたい」と思う気持ちと、「あの人を、外側に、置いておきたい」と思う気持ちが、同時に、湧き上がる。

同時に湧き上がった気持ちのうち、「外側に置いておきたい」を選ぶのは、自分を守るためだ。

自分を守ったあとに、罪悪感が、残る。

罪悪感は、消えない。

抱えていく。

外側にいる人は、外側にいる痛みを、抱えていく。

内側にいる人は、誰かを外側に置いておいた、罪悪感を、抱えていく。

どちらも、抱える。

仲間はずれは、両側に、傷を、残す。

あなたが、もし、外側にいるなら、それは、あなたが、悪いわけではない。

あなたが、もし、内側にいるなら、それも、あなたが、悪いわけではない。

仲間はずれの構造が、二人を、別々の場所に、立たせている。

立たせられた場所で、できることは、限られている。

できることの中で、選択する。

選択した結果、傷を、抱える。

抱えた傷を、無視しない。

無視したら、傷は、深くなる。

抱えたまま、認める。

認めるだけで、傷は、薄れる。

真弓は、認めた。

誠は、認め始めた。

二人の認めるスピードは、違っていた。

でも、どちらも、同じ方向に、向かっていた。

あなたには、もっと早く、認めてほしい。

外側にいることも、内側にいることも、どちらも、認めていい。

これが、真弓から、十八年後のあなたへの、七つ目のメッセージだ。

· · ·
References

この記事では、以下の概念を参考にした。

  • ・内集団バイアス (In-group Bias)
· · ·
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