仲間はずれ
誠は、自分の席で、ひとり、弁当を食べている。
遠くの窓際で、真弓が、グループのなかで笑っている。
仲間はずれは、誰かが意図的に、ある人を排除することではない。
ある人が、自分から、外側に立つことを、選ぶ場面が、ある。
外側に立つことは、自分を守るためだ。中に入れば、傷つく可能性がある。中の人と、合意していない期待を、また、抱いてしまうかもしれない。期待が裏切られたとき、また、傷つく。それなら、最初から、中に入らない。
これは、合理的な選択だ。
でも、外側に立ち続けると、副作用が、出る。
外側にいる、という事実が、その人の、アイデンティティの一部に、なっていく。
「私は、輪の中にいる人間ではない」
「私は、群れない人間だ」
「私は、孤独に強い人間だ」
これらの自己定義は、最初は、自分を守るための、装備だった。でも、長く身に着けていると、装備が、皮膚と一体化する。脱げなくなる。脱げないから、どんな場面でも、外側に立ち続ける。
外側に立ち続けるうちに、その人は、本当に、輪の中に、入れなくなる。
入りたくなっても、入れなくなる。
これが、仲間はずれの、最も静かで、最も深い形だ。
誰かに、はじき出されたわけではない。
自分で、外側に立つことを、選んだ結果、外側にしか、立てなくなる。
誠は、その構造の中に、長く、いた。
でも、第9話までの誠は、外側にいることに、痛みを感じていなかった。
第10話の誠は、初めて、その痛みを、感じ始める。
感じ始めた痛みを、誠は、また、自分への嘘で、誤魔化そうとする。
誤魔化しきれなくなる日が、いつか、来る。
でも、それは、ずっと先のことだった。
第9話の衝突から、二週間が、経っていた。
誠は、いつも通り、自分の席で、ノートを広げていた。
真弓は、いつも通り、自分のグループの中で、笑っていた。
表面上、二人の生活は、第9話の前と、変わらなかった。
変わらない、ように、見えた。
でも、誠の中では、ある変化が、起きていた。
誠は、教室の中で、自分の位置を、改めて、観察するようになっていた。
誠の周りには、誰もいなかった。
誠の左の席は、空いていた。誠の右の席も、空いていた。誠の前の席は、女子の席だったが、その女子は、休み時間になると、別のグループのところに、行ってしまう。
誠の周りに残るのは、空いた机と、椅子と、誠自身だけだった。
これは、第9話の前と、何も変わっていなかった。
ずっと、こうだった。
でも、誠は、その日、初めて、その状態を、観察した。
観察してから、誠は、ある質問を、自分に投げかけた。
――この状態は、いつから、こうなのか。
誠は、自分の記憶を、たどった。
たどると、誠の周りに、人がいた時期も、過去には、あったことが、分かった。
中学に入った最初のころは、誠の周りにも、クラスメイトが、いた。話しかけてくる子も、いた。一緒に弁当を食べに来る子も、いた。
でも、誠は、彼らに、特に応答しなかった。話しかけられても、最低限の返事をした。一緒に弁当を食べに来ても、特に会話しなかった。
そうしているうちに、徐々に、人は、誠から、離れていった。
離れていったあと、誠は、それを「自然な結果」だと、解釈していた。
「自分は、群れることを、好まない人間だ」
「だから、人が離れていくのは、当然だ」
「これは、自分の選択の結果だ」
これが、誠が、これまで、自分に与えてきた解釈だった。
でも、第10話の朝、誠は、その解釈に、疑問を持った。
本当に、これは、自分の選択の結果だろうか。
自分から、選んで、外側に立ったのか。
それとも、外側に立たされて、それを「選んだ」と、自分に思い込ませてきたのか。
誠の脳内データベースに、その問いを、処理するためのフォルダは、なかった。
新しいフォルダを、作るべきか、誠は、迷った。
第8話、第9話と、誠は、何度も、新しいフォルダを作るかどうかで、迷っていた。
毎回、誠は、作らないことを、選んでいた。
でも、第10話の朝、誠は、初めて、新しいフォルダを、作った。
フォルダの名前は、「答えのない問い」だった。
そのフォルダの中に、誠は、最初の項目として、こう書いた。
「俺は、外側に立つことを、選んだのか、それとも、立たされたのか」
書いて、誠は、しばらく、その文字を、見ていた。
見ていると、もう一つの問いが、湧き上がってきた。
誠は、その問いも、ノートに、書いた。
「外側に立っていると、内側にいる真弓のことが、見える。でも、内側にいる真弓には、外側にいる俺のことが、見えるのか」
書いてから、誠は、ペンを置いた。
そして、教室の窓際を、見た。
窓際では、真弓が、グループの女子たちと、笑っていた。
真弓は、誠のほうを、見なかった。
これは、いつも通りだった。
でも、その日の誠には、その「いつも通り」が、痛かった。
痛みは、誠にとって、新しい種類のものだった。
誠は、その痛みに、名前を、つけられなかった。
つけられないまま、誠は、自分のノートを、閉じた。
誠は、廊下に、しばらく立っていた。
友人Aの「たまには、こっちに来て、一緒に話そうよ」という言葉が、誠の中で、再生されていた。
これは、誘いだった。
誠は、その誘いを、断った。
断る理由は、誠の中で、明確だった。雑談は、苦手だ。話す内容が、ない。行く理由が、ない。
論理的には、完璧な、断りだった。
でも、誠の中で、ある違和感が、立ち上がっていた。
友人Aは、誠を、誘ってくれた。グループの中に、誠の場所を、作ろうとしてくれた。
その瞬間、誠は、内側に、入る選択を、していたかもしれなかった。
でも、誠は、外側に、留まることを、選んだ。
選んだあとで、誠は、思った。
――俺は、本当は、内側に、入りたかったのかもしれない。
その思いが、誠の中で、初めて、立ち上がった。
立ち上がった瞬間、誠は、自分の中で、ある声を、聞いた。
「いや、入りたくなかった。だから、断った。これは、自分の意志だ」
これは、誠が、自分に、ついた、新しい嘘だった。
誠は、本当は、内側に入りたかった。
でも、入る方法を、知らなかった。
知らないから、外側に、留まった。
「入りたかったが、入る方法を知らなかった」と認めることは、誠にとって、屈辱的だった。
誠の構造の中では、自分は、すべてのことを「選んで」きた人間だった。
「選べなかった」「方法を知らなかった」というのは、自分の構造に、含まれていない、概念だった。
だから、誠は、自分にこう言った。
「俺は、選んで、外側にいる。これは、選択の結果だ」
誠は、また、自分に嘘をついた。
嘘のレイヤーが、また、一枚、増えた。
増えた嘘の重さで、誠は、その日、いつもより、重い足取りで、教室に戻った。
戻りながら、誠は、自分のノートを、また、開きたいような、開きたくないような、どちらでもない、状態にあった。
結局、誠は、ノートを、開かなかった。
開かないことを、誠は、その日、初めて、意図的に選んだ。
意図的に選んだことに、誠自身、気づいていた。
気づいていながら、誠は、その意図を、見て見ぬふりをした。
これが、仲間はずれの、外側にいる側の、本当の状態だった。
ふと、教科書から目を離して、窓の外を、見ている。
外には、雪が、降り続いている。
その夜、真弓は、自分の部屋で、勉強していた。
三学期のテストが、近づいていた。
真弓は、机に向かって、教科書を、開いていた。
でも、勉強は、はかどっていなかった。
真弓は、ふと、教科書から、目を離した。
窓の外を、見た。
外には、雪が、降っていた。
真弓は、その雪を、しばらく、見ていた。
見ていると、ある記憶が、頭の中に、浮かんできた。
昼休みの、廊下。
友人Aが、誠を、誘った場面。
誠が、断った場面。
真弓は、その場面に、いた。
でも、その場で、何も言わなかった。
真弓が、もし、口を挟んでいたら、何かが、変わったかもしれない。
「行こうよ」と、真弓が、誠に言ったら、誠は、来てくれたかもしれない。
でも、真弓は、何も、言わなかった。
言えなかった。
第9話の衝突のあとで、誠に、声をかける方法を、真弓は、知らなかった。
知らないまま、真弓は、ただ、立っていた。
立っているあいだに、機会は、過ぎ去った。
過ぎ去った機会は、戻ってこなかった。
真弓は、自分の中で、その「言えなかった」ことを、振り返っていた。
振り返ると、ある気持ちが、湧き上がってきた。
その気持ちは、複雑だった。
誠を、グループに入れたかった、わけではなかった。
誠と、もう一度、深く話したい、わけでもなかった。
真弓が、感じていたのは、もっと、別の気持ちだった。
「私が、何も言わなかったことで、誠を、外側に、固定してしまったかもしれない」
これが、真弓の、その夜の気持ちだった。
誠は、もともと、外側にいる人間だった。
でも、その「外側にいる」という状態を、真弓の沈黙が、確定させたのかもしれない。
真弓が、「行こうよ」と言っていたら、誠は、入ってきたかもしれない。
真弓が、何も言わなかったから、誠は、外側に、留まった。
これは、真弓の責任だろうか、と真弓は、自分に問いかけた。
問いかけた答えは、出なかった。
誠を、外側に固定したのは、真弓ではないかもしれない。
誠自身が、外側に、留まることを、選んだのかもしれない。
でも、真弓には、誠の選択の理由が、分からなかった。
分からないから、自分のせいかもしれない、と真弓は、思った。
思いながら、真弓は、自分のノートを、開いた。
真弓のノートは、誠のノートとは、違っていた。
真弓のノートは、日記のようなものだった。
その日のことを、自分の言葉で、書いていた。
その夜、真弓は、こう書いた。
「今日、廊下で、Aちゃんが誠を誘った。誠は、断った。私は、何も言わなかった」
「言うべきだったのか、分からない」
「言わなくて、よかったのかもしれない」
「誠は、たぶん、自分で、選んでる。外側に立つことを」
「私が、口を挟むのは、違うのかもしれない」
「でも、心のどこかで、誠を、外側に、置いておきたい自分も、いるような気がする」
「外側にいる誠は、私の手の届かない場所にいる。届かない場所にいてくれたほうが、私は、楽だ」
「手の届く場所に、誠が来たら、私は、また、誠と、関わってしまうかもしれない」
「関わったら、また、傷つく」
「だから、誠は、外側にいてほしい」
「これは、私の、誠への、優しくない気持ちだ」
「優しくない気持ちを、認めるのは、痛い」
「でも、認めないと、自分に嘘をつくことになる」
「自分に、嘘は、もう、つかないって、決めたから」
「だから、認める」
「私は、誠を、外側に、置いておきたい」
真弓は、そこまで書いて、ペンを、置いた。
書いたものを、しばらく、見つめていた。
見つめてから、真弓は、ノートを閉じた。
閉じてから、真弓は、思った。
――私も、誠と、同じことを、しているのかもしれない。
誠は、自分を守るために、外側に立っている。
真弓は、自分を守るために、誠を、外側に、置いておきたいと、思っている。
二人とも、自分を守るために、相手を、遠くに、押しやっている。
これは、第9話で、二人が、お互いを、攻撃し合った構造と、同じだった。
形を変えただけで、本質は、変わっていなかった。
真弓は、その認識を、自分の中に、迎え入れた。
迎え入れて、真弓は、思った。
――しかたない。
「しかたない」という結論は、第9話の真弓だったら、出さなかったかもしれない。
第9話の真弓は、もっと、戦った。
でも、第10話の真弓は、もう、戦わなかった。
戦って、得るものは、もう、なかった。
戦わずに、外側にいる誠を、外側のまま、放置することを、真弓は、選んだ。
これは、真弓の、新しい選択だった。
新しい選択は、誰のためでもなく、自分のための、選択だった。
真弓は、その選択を、自分の中で、確定させた。
確定させたあとで、真弓は、勉強を、再開した。
テストが、近づいていた。
誠の存在は、真弓の勉強の、邪魔をしてはいけなかった。
真弓は、自分の人生を、生きていくべきだった。
誠は、誠の人生を、生きていくべきだった。
二つの人生は、もう、交わらない。
交わらないことを、真弓は、確信した。
確信したあとの真弓は、不思議と、穏やかだった。
穏やかさは、楽しさではなかった。
でも、悲しみでも、なかった。
諦めの中の、穏やかさだった。
真弓は、その穏やかさの中で、教科書のページを、めくった。
ページの中の、英文字を、追い始めた。
追っているあいだに、雪は、降り続けていた。
同じ夜、誠も、自分の部屋で、ノートを、開いていた。
誠は、その夜、初めて、ノートに、こう書いた。
「俺は、外側に立つことを、選んできた。それは、自分の意志だと、思ってきた」
「でも、もしかしたら、選んだのではなく、外側に追いやられたのかもしれない」
「追いやったのは、誰でもなかった」
「俺自身が、外側に、自分を、追いやってきた」
「外側に立てば、傷つかない」
「傷つかないために、外側に、立ってきた」
「でも、外側に、立ち続けると、内側のことが、分からなくなる」
「分からないから、入る方法も、分からない」
「入る方法が、分からないから、入れない」
「入れないから、外側に、留まる」
「これは、循環だ」
「循環の中で、俺は、生きてきた」
誠は、そこまで書いて、ペンを、置いた。
置いたあとで、誠は、自分の書いた文字を、しばらく、見ていた。
見ていると、誠の中で、ある感情が、湧き上がってきた。
その感情の名前を、誠は、しばらく、探した。
探した末に、誠は、その名前を、見つけた。
「悲しさ」だった。
誠は、自分の中の悲しさを、初めて、認識した。
これまでの誠は、悲しさを、感じたことが、なかった、と思っていた。
でも、それは、違っていた。
悲しさは、ずっと、誠の中に、あった。
あったが、誠は、それを、認識する仕組みを、持っていなかった。
第10話の夜、誠は、初めて、その仕組みを、自分の中に、作った。
作った仕組みで、誠は、自分の中の悲しさを、見つけた。
見つけたとき、誠は、もう一度、泣いた。
誠の傷の蓄積、5件目。
でも、5件目は、これまでの4件とは、また、違っていた。
4件目までは、誠の傷は、誠が認識した瞬間に、また、嘘で覆われていた。
5件目の傷は、誠が、嘘で覆わずに、そのまま、抱えた、最初の傷だった。
抱えた傷は、誠の中で、別の場所に、収まることになる。
その場所は、誠が、十八年後、ノートを書き直すときに、初めて、開ける場所だった。
でも、それは、ずっと先のことだった。
誠は、その昼休み、自分の席でノートを広げていた。窓際のほうを、一度だけ、見た。それから、ページに視線を戻した。
真弓は、その昼休み、誠のほうを、一度も、見なかった。
見なかったことを、真弓自身、自覚していた。
自覚しながら、真弓は、自分のグループの中で、笑っていた。
笑いは、本物だった。
真弓は、グループの友達のことを、本当に、好きだった。
でも、その「本物の笑い」のすぐ下に、別の感情が、薄く、流れていた。
その感情は、罪悪感に、似ていた。
誠を、見ないことに、対する、罪悪感だった。
真弓は、その罪悪感を、抱えながら、笑っていた。
抱えながら笑うことは、難しかった。
でも、できないわけでは、なかった。
真弓は、その日、その難しさの中で、生きていく方法を、少しだけ、覚え始めた。
覚えた方法は、十八年後も、真弓の中に、残ることになる。
「いくつかの感情を、同時に抱えながら、笑う」
これは、子どものころには、できなかったことだった。
第10話の真弓は、それが、できるようになっていた。
大人に、なったということだった。
誰かを「内側」に入れるかどうかは、内側のルールによって、決まる。同じ趣味を持っている。同じノリで話せる。同じ場面で、同じように、笑える。これらが、内側のルールだ。
誠を、内側のルールで、割ってみる。
誠は、雑談が苦手だ。同じノリで話せない。同じ場面で、同じように笑えない。だから、内側のルールで割ると、商として、「外側の自分」が残る。
これは、誰のせいでもない。誠の性格と、内側のルールが、合わなかっただけだ。
でも、割り算には、必ず、余りが出る。
余りは、「内側に入りたい気持ち」だった。
誠は、本当は、内側に入りたかった。入りたいから、第10話の朝、誰もいない自分の周りを、初めて、観察した。入りたいから、友人Aの誘いを、断った後で、後悔した。入りたいから、自分のノートに「入る方法が、分からない」と、書いた。
入りたい気持ちは、計算式の商の中には、入らなかった。余りとして、誠の中に、残った。
残った余りを、誠は、ずっと、無視してきた。無視することで、自分は「外側を選んだ人間」だと、自分に説明してきた。でも、第10話の夜、誠は、その余りを、初めて、見た。
見たことで、誠は、悲しくなった。悲しさは、誠の中で、新しい感情だった。
新しい感情は、誠に、新しい選択の余地を、与えた。その選択を、誠が、いつ、するのかは、まだ、分からない。でも、選択の余地が、生まれたこと自体が、誠の、第10話での、唯一の、進歩だった。
余りは、捨てるものでは、なかった。余りこそが、本質だった。
商で、人を分類することは、簡単だ。余りで、人を見ることは、難しい。でも、余りで見ないと、本当のその人は、見えない。
誠は、十八年かけて、自分の余りを、見ることになる。見たとき、誠は、初めて、自分のことを、本当に、知ることになる。知ることには、十八年かかった。十八年は、長かった。でも、知らずに、死ぬよりは、よかった。
誠は、卒業アルバムの撮影で、自分のクラスの集合写真に、ぎりぎり、入っている。
端のほうで、写真の枠の、ぎりぎりの位置に、立っている。
二月の終わり、卒業式が、近づいていた。
卒業アルバムの、クラスの集合写真の撮影が、行われた。
誠も、撮影に、参加した。
参加しないという選択も、あったかもしれない。
でも、誠は、参加した。
参加した理由は、誠自身も、よく分からなかった。
ただ、なんとなく、参加した。
誠は、写真の、端のほうに、立った。
誰かに、端に立て、と言われたわけではなかった。
誠が、自分で、端を選んだ。
真ん中には、目立つ子たちが、立っていた。
その周りには、いつものグループの子たちが、立っていた。
端のほうには、目立たない子たちが、立っていた。
誠は、目立たない子たちの、さらに端に、立った。
写真の枠の、ぎりぎりの位置だった。
もう少し端だったら、フレームから、外れていた。
誠は、自分の位置を、確認した。
確認して、思った。
――俺の人生における、俺の位置は、たぶん、これだ。
フレームの中には、入っている。
でも、ぎりぎりの位置にいる。
少しでも、何かが、ずれたら、フレームから、外れる。
外れたら、人生の集合写真から、消える。
消えても、誰も、気づかないかもしれない。
誠は、その認識を、自分の中で、確かめた。
確かめてから、誠は、シャッターの音を、聞いた。
カシャ、と音がして、写真が、撮られた。
誠は、その写真の中で、ぎりぎりの位置に、立っていた。
真弓も、その写真の中に、いるはずだった。
でも、真弓は、別のクラスだった。
同じ写真には、写っていなかった。
誠は、撮影が終わったあと、自分の席に戻りながら、思った。
――真弓が、自分のクラスの集合写真の中で、どこに立つのかな。
真ん中だろう、と誠は、思った。
真弓は、グループの中心ではないが、真ん中の近くに、いる人だった。
笑顔の、いい位置に、立っているはずだった。
誠は、その想像をして、軽く、口元を、緩めた。
緩めた瞬間、誠は、自分が、口元を緩めた、という事実に、気づいた。
気づいて、誠は、自分の口元に、手を、当てた。
口元は、確かに、緩んでいた。
これは、笑った、ということだった。
誠は、自分が、真弓のことを想像して、笑った、という事実を、認識した。
認識した瞬間、誠の中で、何かが、また、ねじれた。
ねじれたものは、誠のノートに、書かれることは、なかった。
書けない。書くと、確定する。確定すると、まずい。
誠は、もう、何度目かの、その感覚を、抱えていた。
抱えながら、誠は、自分の席に、戻った。
戻って、ノートを、開いた。
そして、その日の出来事を、書こうとした。
書こうとして、書けなかった。
書けないものを、誠は、ノートに、書こうとしないことに、決めた。
これは、誠にとって、初めての、決断だった。
これまでの誠は、書けないものは、ノートに書く対象から、無意識に、除外してきた。
第10話の誠は、書けないものを、意識的に、ノートから、除外することにした。
意識的な除外は、無意識の除外と、構造的に、同じだった。
でも、意味は、違った。
意識的に除外する、ということは、書けないものが、存在することを、誠が、認めた、ということだった。
認めるだけで、誠の中で、何かが、ほんの少しだけ、変わった。
変わったものは、まだ、形を、持っていなかった。
でも、確かに、変わっていた。
変わったまま、誠は、ノートを、閉じた。
閉じたあと、誠は、自分の手を、見た。
自分の手は、ペンを、握りしめていなかった。
第8話の夜、誠は、ペンを強く握りしめていた。
第10話の夜、誠は、ペンを、軽く、握っていた。
違いを、誠は、自分で、感じた。
感じたまま、誠は、その夜を、過ごした。
誠は、その廊下で、しばらく、動かなかった。
真弓の「じゃあ、また」が、誠の中で、再生されていた。
「また」という言葉は、本当の「また」ではなかった。
誠も、それを、知っていた。
でも、その「また」を、誠は、本物の「また」として、抱えることにした。
抱えるのは、誠の自由だった。
真弓が、本物の「また」として言ったかどうかは、関係なかった。
誠が、本物の「また」として、それを、受け取る。
受け取った瞬間、その「また」は、誠の中で、本物に、なった。
本物になった「また」を、誠は、十八年、抱えていくことになる。
抱えていくあいだ、誠は、何度も、自分のノートを、開く。
開いて、真弓のページを、見る。
見て、また閉じる。
閉じても、消えない。
消えないものを、抱えていくのが、誠の、十八年の生き方になった。
仲間はずれは、外側にいる人にも、内側にいる人にも、痛みを、与える。
外側にいる人は、内側に、入りたかった気持ちを、抱える。
内側にいる人は、外側にいる人を、外側に、置いておきたかった罪悪感を、抱える。
どちらも、抱える。
抱え続けることが、二人の、それからの人生に、なる。
抱えながら、二人は、それぞれの場所で、生きていく。
生きながら、ふと、思い出す。
あの卒業式の前の廊下のすれ違いを。
あの「じゃあ、また」を。
「また」が、本物だったらよかったのに、と、ふと、思う。
でも、本物では、なかった。
本物では、なかったが、二人とも、その「また」を、抱えて、生きていく。
これが、第10話の、結末だった。
仲間はずれについて、もう少し、書いておく。
仲間はずれは、誰かが意図的に、ある人を排除することではない。多くの場合、それは、構造の中で、自然に、起きる。
外側にいる人と、内側にいる人。
その境界線は、はっきりとは、引かれていない。
でも、確かに、存在している。
境界線の外側に、立つことを、選ぶ人がいる。
選んだのか、選ばされたのか、本人にも、分からない場合が、多い。
分からないまま、外側に、立ち続ける。
立ち続けるうちに、外側にいることが、その人の、アイデンティティの一部になる。
もう一つ、見落としてはいけないことが、ある。
内側にいる人にも、痛みが、ある、ということだ。
内側にいる人は、外側にいる人のことを、見る。
見て、何かを、感じる。
「あの人を、入れてあげたい」と思う気持ちと、「あの人を、外側に、置いておきたい」と思う気持ちが、同時に、湧き上がる。
同時に湧き上がった気持ちのうち、「外側に置いておきたい」を選ぶのは、自分を守るためだ。
自分を守ったあとに、罪悪感が、残る。
罪悪感は、消えない。
抱えていく。
外側にいる人は、外側にいる痛みを、抱えていく。
内側にいる人は、誰かを外側に置いておいた、罪悪感を、抱えていく。
どちらも、抱える。
仲間はずれは、両側に、傷を、残す。
あなたが、もし、外側にいるなら、それは、あなたが、悪いわけではない。
あなたが、もし、内側にいるなら、それも、あなたが、悪いわけではない。
仲間はずれの構造が、二人を、別々の場所に、立たせている。
立たせられた場所で、できることは、限られている。
できることの中で、選択する。
選択した結果、傷を、抱える。
抱えた傷を、無視しない。
無視したら、傷は、深くなる。
抱えたまま、認める。
認めるだけで、傷は、薄れる。
真弓は、認めた。
誠は、認め始めた。
二人の認めるスピードは、違っていた。
でも、どちらも、同じ方向に、向かっていた。
あなたには、もっと早く、認めてほしい。
外側にいることも、内側にいることも、どちらも、認めていい。
これが、真弓から、十八年後のあなたへの、七つ目のメッセージだ。
この記事では、以下の概念を参考にした。
- ・内集団バイアス (In-group Bias)



