第5章 嫉妬 —— 遠い人より、近い人が羨ましい — Portrait of Identity

嫉妬

JEALOUSY
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七月の教室。誠の机の前に別のクラスの女子が立っていて、真弓が自分の席からその光景を見ている。
七月の教室。窓の外、校庭で部活動の声が響いている。
誠の机の前に、別のクラスの女子が立っている。
真弓は、自分の席から、その光景を、ちらりと見ている。

嫉妬は、遠い人にではなく、近い人に向かう。

ニュースで億万長者を見ても、人は嫉妬しない。スクリーンの中の有名人を見ても、嫉妬の感情は、薄い。なぜか。それは、彼らが、自分の世界の外側にいるからだ。

嫉妬が燃えるのは、自分の世界の中の、すぐ手の届く距離にいる人に対してだ。同じクラスの友達。同じ職場の同僚。同じ年齢、同じ立場、同じ背景。比較できる距離にいる相手にこそ、嫉妬は鋭く向く。

これが、人間の感情の癖だ。

不思議なのは、この癖が、合理的に見えないことだ。億万長者と自分の差のほうが、隣の友達と自分の差よりも、はるかに大きい。なのに、嫉妬は、隣の友達のほうに向かう。論理ではなく、距離が、感情を決めている。

真弓は、その夏、その癖の中に、足を踏み入れた。

足を踏み入れたとき、真弓は、自分が嫉妬しているとは、思っていなかった。

嫉妬という感情を、真弓は、これまで、自分のものとして扱ったことがなかった。

でも、それは、確かに嫉妬だった。

近い人に対する、近い距離からの、削るような嫉妬だった。

· · ·

七月の上旬、期末テストの直前だった。

真弓が誠のクラスに行くと、誠の机の前に、別のクラスの女子が立っていた。

名前は、知っていた。誠と同じクラスの、麻美という子だった。

麻美は、明るい子だった。誰とでも話せる子で、誠とも、よく話していた。誠が一人で過ごしているように見えるとき、たいてい、麻美が誠の隣で、何かを話しかけていた。

麻美は、誠と中学からの友達だと、誰かが言っていた。

真弓は、その日、麻美が誠の机の前に立って、何かを真剣に話している光景を、見た。

麻美の表情が、いつもより、少し、必死だった。

誠は、麻美の話を、聞いていた。普段の誠なら、話を聞きながらも、ノートを開いていたり、ペンを動かしていたりする。でも、その時の誠は、ペンを置いて、麻美の顔を、まっすぐ見ていた。

真弓は、その光景を、自分の教室の入り口から、しばらく見ていた。

見ているうちに、胸の奥が、少しだけ、痛んだ。

痛みの正体を、真弓は、その時、言葉にできなかった。

ただ、自分の足が、誠のクラスに入るのを、ためらっていた。

真弓は、誠のクラスに入らずに、自分のクラスに戻った。

戻る途中、廊下で、自分にこう言い聞かせた。

――別に、急ぎの用じゃなかったし。

その「別に」が、嘘だということは、自分でも、分かっていた。

· · ·

その日の昼休み、真弓は、いつものグループと弁当を食べていた。

食べながら、ふと、麻美の話題が出た。

「誠くんと麻美ちゃんって、付き合ってるの?」と、隣の席の子が、誰かに聞いた。

「違うらしいよ。ただの幼なじみみたいだよ」と、別の子が答えた。

「でも、いつも一緒にいるよね」

「あれは、もう、家族みたいなもんだよね」

真弓は、たまご焼きを食べながら、その会話を、聞いていた。

「家族みたいなもの」

その言葉が、真弓の中で、何かに引っかかった。

家族。誠と麻美が、家族のように、一緒にいる。

真弓は、誠と、家族のような距離にはいない。

真弓は、誠と、ときどき話す関係だった。図書室で、教室で、廊下で、ときどき会って、ときどき話す。それだけだった。麻美のように、毎日、誠の隣にいるわけではなかった。

真弓の中で、何かが、少しだけ、ねじれた。

真弓は、その「ねじれ」を、自覚しなかった。ただ、お弁当の味が、いつもより、薄く感じた。

それだけのことだった。

でも、その「それだけ」が、夜になって、真弓の中で、また、再生されることになる。

反芻の癖は、第4話から、続いていた。

Scene 01
放課後の教室 / 真弓が誠の席に行ったとき
真弓
真弓
麻美ちゃん、いつも、何の話してるの?
誠
いろいろだ。
真弓
真弓
いろいろって。
誠
悩み相談みたいなものだ。
真弓
真弓
麻美ちゃん、何か悩んでるの?
誠
それは、麻美のプライバシーだ。
真弓
真弓
そうだよね、ごめん。
誠
なぜ、聞いた。
真弓
真弓
なんとなく。
誠
なんとなくで、人のことを聞くのは、よくないな。
真弓
真弓
真弓は、誠の言葉に、息を吸い込んだ。
真弓
真弓
……ごめんね。
誠
謝ることじゃない。事実を言っただけだ。
真弓
真弓
分かった。
真弓
真弓
真弓は、自分の教室に戻った。戻ってから、机に突っ伏した。

真弓は、自分の机に突っ伏したまま、しばらく、動かなかった。

動かないうちに、頭の中で、誠の言葉が、また再生され始めた。

「それは、麻美のプライバシーだ」

真弓に対しては、こんな言い方は、しなかった。真弓のことは、誠は、もっと素っ気なく扱った。麻美のプライバシーは守るのに、真弓のプライバシーは、誠にとって、守る必要のないものだった。

これが、真弓の頭の中で、瞬時に組み立てられた解釈だった。

正確には、間違っていた。

誠は、真弓のプライバシーも、誰のプライバシーも、平等に扱っていた。誠は、誰に対しても、プライベートな話を、無闇に話さない人間だった。麻美のプライバシーを守るように、真弓のプライバシーも守る。それが、誠の癖だった。

でも、真弓には、それが見えなかった。

見えなかった理由は、真弓が、自分と麻美を、比較していたからだった。

麻美は、誠と毎日話す。真弓は、誠とときどき話す。麻美は、誠の中で、特別な位置にいるように見える。真弓は、誠の中で、その他の位置にいる。

この比較が、真弓の中で、勝手に行われていた。

比較した結果、真弓は、自分が「下」だと感じた。

下だと感じた瞬間、真弓の中で、嫉妬が発生した。

真弓は、その嫉妬を、嫉妬として認めることが、できなかった。

嫉妬という感情は、自分らしくないと、真弓は思っていた。真弓は、誰に対しても、優しくいたい人間だった。麻美のことも、いい子だと思っていた。麻美に嫉妬するなんて、自分の中の、汚い部分を見るようで、嫌だった。

だから、真弓は、その感情を、別の名前で呼んだ。

「悲しさ」と、真弓は、その感情を呼んだ。

悲しさなら、自分らしかった。悲しい自分は、許せた。嫉妬する自分は、許せなかった。

でも、本当は、それは、嫉妬だった。

名前を変えても、感情の中身は、変わらなかった。

変わらないまま、真弓の中で、それは、ゆっくりと、蓄積していった。

翌日の朝。校門の前。麻美と誠が一緒に登校してきて、真弓が少し離れた場所から見ている。
翌日の朝。校門の前。麻美と誠が、一緒に登校してくる。
二人は、軽く挨拶を交わしている。
真弓は、その光景を、少し離れた場所から、見ている。

翌朝、真弓は、いつもより少し早く、家を出た。

理由は、自分でも、よく分からなかった。ただ、なんとなく、早く学校に行きたかった。

校門の前で、真弓は、麻美と誠が、一緒に登校してくるのを見た。

二人は、家が近所だった。それは、前から知っていた。だから、一緒に登校するのは、当たり前のことだった。

でも、その朝、真弓は、その「当たり前」が、当たり前に思えなかった。

麻美は、誠の隣を歩いていた。少しだけ、誠より前を歩いていた。誠は、麻美の歩幅に合わせて、ゆっくりと歩いていた。麻美が何かを言うたびに、誠は、短く相槌を打っていた。

その「短い相槌」が、真弓の中で、痛みになった。

真弓と話すとき、誠は、相槌を打たない。「そうか」とか、「分かった」とか、それだけだった。麻美と話すときの誠は、もっと、自然だった。リラックスしていた。家族と話しているような、自然さだった。

真弓は、二人が校門を通り過ぎるのを、見送った。

見送りながら、思った。

――私と話すときの誠は、家族の誠じゃない。

その認識が、真弓の中で、確定した。

確定した瞬間、真弓は、誠と自分の距離を、客観的に測ろうとした。

麻美と誠の距離。家族のような距離。

真弓と誠の距離。ときどき話す距離。

この差は、決して埋まらない、と真弓は思った。

埋まらないものを、埋めようとすることが、無駄だと、真弓は思った。

無駄なことを、しないことに決めた。

これが、真弓の、もう一つの撤退だった。

第3話で、真弓は、誠への期待を、撤退させた。

第5話で、真弓は、誠との距離を、固定させた。

固定させることで、真弓は、自分を守ろうとした。

守ろうとしたことに、真弓自身は、気づいていなかった。

気づかないまま、真弓の中で、誠の位置が、また一段、遠くなった。

失望値、5。

· · ·

同じ朝、誠は、麻美と歩きながら、ふと、校門の手前にいる真弓のことを、視界の端で捉えていた。

誠は、自分の視界の中の情報を、いつも、すべて処理していた。真弓が校門の前にいる、という事実も、処理されていた。

誠の脳内では、その事実は、こう分析された。

「真弓が、いつもより早く登校している。理由は不明。普段の登校時刻と、十五分の差。校門の前で、自分たちの方を見ている。」

誠は、その分析を、ノートに書こうかと思った。書こうとして、やめた。書く場所が、ないからだった。麻美の隣を歩きながらノートを開くわけにはいかなかった。

誠は、その分析を、頭の中で、どこかのフォルダに振り分けようとした。

でも、振り分けるべきフォルダが、見つからなかった。

「真弓が、いつもと違う行動をした」という観察結果は、誠の脳内データベースに、新しい項目として、追加された。

追加されただけで、それ以上の処理は、されなかった。

誠は、麻美の話に、相槌を打ちながら、その項目のことを、すぐに忘れた。

忘れたつもりだった。

でも、その項目は、誠の脳の中で、消えてはいなかった。

消えずに、後で、別の項目と、つながることになる。

つながったとき、誠は、初めて、真弓のその朝の行動の意味を、理解する。

でも、それは、ずっとあとのことだった。

その朝、誠は、麻美と一緒に、校舎に入った。

麻美が、誠の隣で、笑った。誠も、少しだけ、口角を上げた。

その口角の動きを、真弓は、校門の前から、見ていた。

真弓は、誠が、麻美の前で笑うことができる、という事実を、また一つ、自分の中に蓄積した。

蓄積された事実は、夜の反芻のときに、再生されることになる。

反芻されるたびに、真弓の中で、誠の像は、また少しずつ、麻美のほうに引き寄せられていった。

真弓の中の誠は、もう、真弓のほうを、向いていなかった。

Scene 02
数日後の昼休み / 真弓のグループの会話
真弓
真弓
真弓のグループの女子が、麻美の話をしている。
友人A
友人A
麻美ちゃんって、いいよね。明るくて。
友人B
友人B
うん、誰にでも話しかけられるところ、すごいよね。
友人A
友人A
真弓は、麻美ちゃんと話したことある?
真弓
真弓
挨拶くらいなら。
友人B
友人B
真弓と麻美ちゃん、似てるよね。優しいところとか。
真弓
真弓
そう?
友人A
友人A
うん。タイプが似てる。雰囲気っていうか。
真弓
真弓
真弓は、たまご焼きを口に入れて、なんとなく頷いた。

「真弓と麻美ちゃん、似てる」

友人の何気ない一言が、真弓の中で、また、新しい痛みになった。

似ているなら、なぜ、誠は、麻美と話すときと、自分と話すときで、態度が違うのか。

似ているなら、なぜ、誠は、麻美のプライバシーは守って、自分のプライバシーは守らないのか。

似ているなら、なぜ、誠は、麻美の前では笑って、自分の前では笑わないのか。

「似ている」という事実は、真弓の嫉妬を、軽くするどころか、増幅させた。

似ているのに、扱いが違う。

違うことの理由が、分からない。

分からないから、自分のせいだと、感じる。

真弓は、自分の何が悪いのか、考え始めた。

考えても、答えは出なかった。

答えが出ないまま、真弓は、また、夜の反芻に、入っていくことになる。

反芻のループは、第4話から、第5話に、引き継がれていた。

引き継がれたまま、真弓の中で、それは、深く、長く、続いていった。

七月後半の放課後の図書室。麻美が誠と並んで勉強しているのを見て、真弓が図書室のドアを閉める。
七月後半の放課後の図書室。麻美が、誠と並んで、勉強している。
真弓が、図書室のドアを開けた瞬間、その光景を見て、ドアを閉めた。
真弓は、図書室には、入らなかった。

七月後半のある放課後、真弓は、図書室に行こうとした。

第2話以来、真弓は、図書室で本を借りる習慣を、続けていた。誰にも勧められていない本を、自分の意思で選ぶ。それは、真弓の小さな自立だった。

その日も、新しい本を借りに、図書室に向かった。

図書室のドアを開けた。

開けた瞬間、真弓は、足を止めた。

図書室の窓際の席に、誠と麻美が、並んで座っていた。

二人は、教科書を広げて、勉強していた。誠が、麻美に、何かを教えていた。麻美が、ノートに何かを書いていた。書きながら、麻美は、誠に、何かを質問した。誠は、それに、丁寧に答えていた。

真弓は、その光景を、二秒だけ見た。

そして、ドアを閉めた。

閉めた音に、誠と麻美が、振り返ったかもしれない。でも、真弓は、その瞬間、もう、廊下を歩き出していた。

真弓は、図書室には、入らなかった。

本も、借りなかった。

その日、真弓は、自分の小さな自立を、一つ、手放した。

手放したことに、真弓自身は、気づかなかった。

図書室の中で、誠は、麻美のノートを見ながら、説明を続けていた。ドアが一瞬、開いた気がした。誰も入ってこなかった。誠は、また、ノートに視線を戻した。

ただ、図書室に行くのが、嫌になっただけだ、と思った。

でも、それは、図書室が嫌になったのではなかった。

誠と麻美が並んでいる場所が、嫌になっただけだった。

嫌になった場所を、真弓は、避け始めた。

避け始めたことで、真弓は、自分の世界を、少しずつ、狭めていった。

狭めていることに、真弓自身は、気づかなかった。

気づかないまま、真弓の世界は、誠と麻美のいない場所に、再構成されていった。

これが、嫉妬の、最も静かな働き方だった。

嫉妬は、爆発しない。叫ばない。誰も傷つけない。

嫉妬は、ただ、その人の世界を、少しずつ、狭めていく。

狭めた世界の中で、その人は、ひとりで、息を潜めて、生きていくことになる。

真弓は、その夏、そういう生き方の、最初の一歩を、踏み出していた。

誠の計算式 — 割り算(÷)
麻美と誠の距離(定数)÷ 真弓と誠の距離(変数)= 比較値
…余り:自分の居場所
嫉妬を、割り算で表してみる。麻美と誠の距離を、家族のような近さとする。これを、真弓と誠の距離で割ると、比較値が出る。

比較値が大きいほど、嫉妬は強くなる。比較値が大きいということは、相手と自分の差が、大きいということだ。差が大きいほど、嫉妬は燃える。

でも、ここで重要なのは、誰と比較するかだ。

遠い他人と比較しても、嫉妬は燃えない。なぜなら、遠い他人は、自分の世界の外側にいるからだ。比較する意味がない。

真弓が嫉妬したのは、麻美が、自分と同じ世界の中にいたからだ。同じ学校、同じ年齢、誠のすぐそばにいる存在。比較できる距離にいる相手だった。だから、真弓は、麻美と自分を、知らず知らずのうちに、割り算していた。

割り算の結果、余りが出る。余りは、「自分の居場所」だった。麻美が誠の隣にいる場所には、真弓の居場所はなかった。真弓の居場所は、もっと別の場所、もっと遠い場所、誠のすぐそばではない場所にあった。

その「居場所のなさ」が、真弓には、痛かった。

痛いから、真弓は、その場所を、避けた。避けることで、痛みを減らした。減らした代わりに、真弓は、自分の世界を、少しずつ、狭めた。

嫉妬は、人を引き算する。引き算された人は、自分の世界を、自分で、狭めていく。

誰のせいでもない。誰も悪くない。ただ、距離が、近すぎただけだ。
Scene 03
夏休み前の最後の日 / 廊下 / 短いすれ違い
誠
最近、図書室に来ないな。
真弓
真弓
本、買うことにしたから。
誠
そうか。
真弓
真弓
夏休み、ゆっくり読みたいから。
誠
そうか。
真弓
真弓
じゃあ、夏休み、楽しんでね。
誠
お前もな。
真弓
真弓
真弓は、廊下を歩いて、自分の教室に戻った。
誠
誠は、廊下に立ったまま、しばらく、真弓の背中を見ていた。

誠は、その廊下で、しばらく動かなかった。

真弓が、図書室に来なくなった理由を、誠は、考えていた。

「本を買うことにした」という説明は、論理的には、成立していた。図書室で借りるか、自分で買うか、どちらでも、本を読むという目的は果たせる。経済的な余裕があるなら、買ったほうが、ゆっくり読める。だから、真弓の説明は、合理的だった。

でも、誠は、その説明を、信じきれなかった。

信じきれない、という感覚は、誠の脳にとって、新しい状態だった。

これまで、誠は、相手の言葉を、ほぼ額面通りに受け取っていた。嘘をつかれていれば、論理的な矛盾から、嘘を見抜く。矛盾がなければ、信じる。それが、誠のやり方だった。

でも、今、真弓の説明には、論理的な矛盾は、ない。

ないのに、信じきれない。

誠は、自分の脳の中で、何かが、ずれているのを感じた。

そのずれを、誠は、いつものように、ノートに書こうとした。書こうとして、また、やめた。

書くと、確定する。確定すると、まずい。何が「まずい」のか、相変わらず、誠は、分からなかった。

誠は、ノートを開かずに、自分の教室に戻った。

戻りながら、誠の中に、薄く、ある感情が、立ち上がっていた。

その感情の名前を、誠は、知らなかった。

知らないまま、誠は、それを、無視した。

でも、その感情は、消えなかった。

消えないまま、誠の中に、残った。

残ったその感情の名前を、誠が知るのは、ずっとあとのことだった。

知ったとき、誠は、こう書くことになる。

「真弓が図書室に来なくなった日、俺は、初めて、寂しさを覚えた。寂しさという感情の存在を、その時の俺は、知らなかった。だから、俺は、それを、ただの違和感として処理した。違和感のフォルダの中で、その感情は、十八年、保管されることになる」

· · ·

嫉妬について、もう少し、書いておく。

嫉妬は、悪い感情ではない。

嫉妬は、人間が、自分の世界の中で、自分の位置を確認するための、感情の機能だ。誰かに嫉妬するということは、その誰かが、自分にとって、重要な存在だということだ。

遠い他人には、嫉妬しない。重要じゃないからだ。

近い人に嫉妬するのは、その人が、重要だからだ。

真弓が、麻美に嫉妬したのは、麻美が、真弓にとって、重要な存在だったからだ。

では、なぜ、麻美が重要だったのか。

それは、麻美が、誠の隣にいたからだ。

つまり、真弓が嫉妬したのは、本当は、麻美ではなかった。

真弓が嫉妬したのは、麻美と誠の距離だった。

その距離が、自分と誠の距離より、近かった。それが、痛かった。

嫉妬は、相手を恨むことではなく、距離を測ることだった。

距離を測ったら、どうしようもなかった。

距離は、努力で縮められるものではない。麻美は、誠と中学からの友達だった。真弓が、それを覆すことは、できなかった。

だから、真弓は、自分の世界を、狭めることで、痛みを減らした。

これは、合理的な選択だった。痛みを減らすために、自分の世界を、痛みのない範囲に、再構成する。これは、人間の感情の防衛機能の、一つだった。

でも、防衛機能には、副作用がある。

世界が狭くなる。世界が狭くなると、新しい出会いが、減る。新しい出会いが減ると、自分の像が、固定される。固定された像の中で、人は、ひとりで、生きることになる。

真弓は、十八年間、その狭い世界の中で、生きることになる。

その狭さは、誰のせいでもなかった。

嫉妬という感情の、構造が、そうさせていた。

あなたが、もし今、誰かに嫉妬しているなら、その嫉妬を、悪いものとして責めなくていい。

それは、その誰かが、あなたにとって、重要だという、証拠だ。

重要な人がいる、というのは、悪いことではない。

ただ、その重要さに、自分の世界を狭めさせない、という選択は、できる。

狭めずに、そのまま、世界を保つ。

嫉妬しながら、その人と、距離を保ちつつ、自分の世界を狭めない。

それが、嫉妬と、上手に付き合っていく、一つの方法だ。

真弓は、これを、知らなかった。

知らなかったから、世界を狭めた。

狭めた世界の中で、十八年、生きてきた。

あなたには、もっと早く、この方法を知ってほしい。

これが、真弓から、十八年後のあなたへの、二つ目のメッセージだ。

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References

この記事では、以下の概念を参考にした。

  • ・相対的剥奪 (Relative Deprivation)
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